2018年09月30日

映画鑑賞 夏目友人帳 うつせみに結ぶ

「劇場版 夏目友人帳〜うつせみに結ぶ〜」を鑑賞。

公開初日の初回上映で舞台挨拶のライブビューイング付き。300席のスクリーンで空席60%くらい。客層は9割がた女性だったかな。LaLaの読者層を考えるとそんなものかも。

LaLaの読者というわけでもないし,SFでもないけれど,ニャンコ先生がかわいいのでアニメだけは録画して観ている。

TV版ではけっこう泣かせにくるエピソードが多いので劇場版も警戒していたけれど,ほのぼの路線であからさまな泣かせ・感動演出がなく,その点は良かったと思う。TV版含めて気に入っている点は,キーキャラクターである祖母,夏目レイコについて,友人帳の名前を返す際に過去の記憶が断片的にわかるだけで,あくまでも「過去の人」として描かれるところ。安直には「時を超えて声が伝わる」とかやりがちだけど,それをしないところが良い。

分裂小型ニャンコ先生は客寄せ的には必要だったのかもしれないけれど,ちょっとあざといというか,必然性がないというか,もっと自信を持ってストーリーで魅せてくれたら良かったのでは。

妖怪について。ファンタジーだとわかってはいても,つい考えてしまう。妖怪が見えない(一般の)人間には,妖怪が目の前にいても素通しで,背後の景色が歪むこともないし,触れることもできない。これではさすがに物理的実体があると考えるのは厳しいので,合理的解釈としては夏目(見える人)の脳内で作り出された幻覚...ということになるかな。

百歩譲って光学的に不可視の「霊的存在」を認めたとして,彼らはどういう存在なのか。一見人間のような見た目の妖怪(柊とか)もいれば,動物や昆虫が妖怪化したもの,植物(古木とか)の妖怪,信仰心などの思念が集まったものなど様々。一貫して個体寿命が極めて長いという描写があるので,繁殖したり群れたりしないというのはまあ合理的な描写かも。ただ妖怪の中にも明らかに序列や力の強弱,凶暴な個体などがある割に,知性のある弱い妖怪たちが団結したり文明化していないのはなぜなのか。そもそも妖怪は知性をどうやって獲得するのか。人間の学校に忍び込んだりして学ぶのか?人語を解することからその可能性はあるし,明らかに頭の悪そうな妖怪も居るのでそれらは勉強が足りなかったのだろう。しかし「生まれたて」の妖怪の場合はどうする。親子関係のある妖怪(子ギツネとか)はいいとして,それ以外はやはり何らかの「妖怪保育所」的な組織があるのか。妖怪が最低限の社会性を獲得するための組織的仕組みが地域ごとにあると見るべきかもしれない。

ところで「うつせみ」ってどういうニュアンスで捉えれば良いんですかね。英訳できますか?

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参考サイト:劇場版 夏目友人帳 公式サイト
タグ:アニメ
posted by ソウヘイ at 14:59| Comment(0) | 映画
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